歴史に残る居室

published at 24/08/2017

ルッジェーリの寝室

ルッジェーリの寝室は、マントルピース上に描かれたギリシャ文字"Δ"(デルタ、ディアーヌのイニシャル)と満月を象った3つの円からこのように名付けられています。この彫刻はまず、王妃カトリーヌ・ド・メディシスが重用した占星術師の1人、ルッジェーリが使った難解な符号と解釈されましたが、ディアーヌ・ド・ポワティエを象徴するものかもしれません。ディアーヌ(ダイアナ)はローマ神話における月の女神だからです。この部屋には、その他に、17世紀末の吊り天蓋式寝台、コジモ・ルッジェーリを描いたと思われる17世紀の肖像、鍵付き跳ね板を備えた17世紀前半の引出しと幕板付きキャビネットがしつらえられています。また、16世紀に遡る彩色の暖炉が、かつての暖炉はすべて塗装されていたこと、そして壁は16世紀初頭によく使われていた手法に基づいた煉瓦と石造りであったことを思い起こさせます。

カトリーヌ・ド・メディシスの寝室

カトリーヌ・ド・メディシスの寝室はかつての式典用の部屋で、15世紀末にトゥルネーで織られ、ショーモン城に所属される最も古いタペストリー(『ベルセウスとペガサスの物語』)が飾られています。また、カトリーヌ・ド・メディシスの全身肖像画(19世紀に複製されたもの)、16世紀末のフランダースタペストリー(『ダビデとアビガイルの物語』)、およびさまざまな人物像、仮面飾り、コルヌ・コピア(豊穣の角)、月桂樹のガーランドと果実などの装飾がふんだんに施されたアンリ2世様式の19世紀の見事な寝台を鑑賞することができます。背もたれの最上部は半浮き彫りのセイレンに支えられており、その上に天蓋の支柱を構成する男女の戦士があしらわれています。この部屋にはまた、アーチの下ではうなぎを飲み込み、向かい合う一角獣の下では銀貨をつかむサギが描かれた肘掛と高い背もたれのある16世紀の木製の椅子が置かれています。寝台の近くにある戸棚は、15世紀に作られた正面の上側に神学における「信仰・希望・慈悲」の3つの徳と四季、下側に5感を表現したこの時代特有の図像を連想させるモチーフがありあす。

会議の広間

会議の広間の特徴は、17世紀に遡る見事なマジョリカタイルでしょう。これは、シシリア島のパレルモにあるコルティオ宮殿からブロイ家が購入したものです。16世紀イタリア式の拡張板付きテーブル、メナール城(ブロワの近く)からの17世紀末の炉背、およびディアーヌ・ド・ポワティエが描かれた絵画(19世紀)がこの部屋を豊かに飾ります。『惑星と日曜の壁掛け』と題されたタペストリーは、1570年、タペストリー織師マルタン・レンブーの工房で織られました。8枚のタペストリーからなるこの壁掛けの主要なテーマは占星術です。

惑星と日曜のタペストリー

16世紀末の織物技術の傑作、『La Tenture des Planètes et des Jours (惑星と日曜のタペストリー)』が再び展示されることになりました。数年間取り外されていたこの作品は、ベルギーの王立デ・ウィットタペストリー工房での1年にわたる修復作業を経て、ショーモン城の会議の間にて再び公開されています。

もともと8点で構成されるこのタペストリーは、16世紀後半(1570年)にブリュッセルの織職人マルタン・ランブーの工房で作られ、1889年にアンリ=アメデ・ド・ブロイ公と公妃(ショーモン城の最後の個人所有者)が購入したもので、現在残っているのはそのうちの2点のみです(ショーモン・シュール・ロワールと、ミュンヘンのバイエルン国立博物館)。これらのタペストリーは、城の1階の東棟にある大ホール(会議の間)の壁に飾られています。

1938年、ブロイ公妃からショーモン城を買い取ったフランス国家は、タペストリーをそのまま城に残すことにしました。同年、城で最初の財産目録作成が行われた際に、このコレクションは歴史的記念物に指定されました。この有名な『惑星と日曜のタペストリー』の主なテーマは占星術です。日曜と惑星に対応するローマ神話の神が戦車の中に座っており、星の動きを象徴しています。戦車の車輪には星座のシンボルが描かれ、神と関係のある空想上のあるいは実在する動物が戦車を引いています。

下側に、森の風景をバックに描かれているのは、神話や聖書に登場するさまざまな活動や場面です。それぞれの作品は、中央の構図に関係のある人物画を組み込んだグロテスクやカルトゥーシュなどの装飾モチーフで構成される幅広の縁飾りに囲まれているのが特徴です。ディアーナ、サトゥルヌス、アポロン、ヴィーナス、マルスといった神々や、マルタン・ランブーの工房で作られた別のタペストリー『Le Mariage(結婚)』の一部、メリクリウス、ジュピターの姿もうかがえます。

衛兵室

衛兵室は、入口小城塞、つまり城入口のポーチの上側に位置していることから、戦略上の要地でした。

この部屋には、重さ250キロを超える16世紀末の珍しい金庫、キモン(アテナイの将軍)にまつわる挿話を紹介した17世紀末のタペストリー、カプールタラのマハラジャからブロイ家に贈られた19世紀のオスマン帝国の国章(マントルピース)、および絵画3点(17世紀の『受難への登り道』、19世紀ネオ・プリミティビズム派の『終油の秘跡』と『復活』)が展示されています。

王の寝室

王の寝室は入口小城塞の西塔に位置し、この部屋の木工細工や天井には、ロマン派期に流行した歴史主義様式の彩色装飾(1830年〜1840年代)を見ることができます。ブロイ家が所有した頃の城の生活を証言するさまざまな資料や写真が、この部屋に定期的に展示されます。

大階段

正面大階段を通して、1500年頃にフランス人芸術家たちによってイタリア様式が段階的に吸収されていったことが分かります。この螺旋階段では、三葉飾りのあるゴシック様式のモチーフがルネッサンス様式の葉のモチーフに替り、イタリア風アラベスク模様が小円柱身を覆っています。窓のステンドグラスには、ショーモンの領主となったさまざまな一族を象徴する紋章のモチーフがあしらわれています。この階段から、現代美術をテーマとした城のさまざまな展示スペースにアクセスすることが可能です。家具調度のないこれらの展示室は最近リニューアルオープンしたばかりで、例えばアンリ=アメデ・ド・ブロイ公妃の旧寝室は現代アートギャラリーになっています。