ショーモン城

published at 24/08/2017

ショーモン・シュール・ロワール城は、およそ10世紀頃に、ブロワ伯爵ウード1世によって建設されます。その目的は、ブロワ伯爵自身の領土と、フルク3世ネラが保有するアンジェー伯爵の領土との境界を見張るためでした。

1465年にはこの城はルイ11世によって焼かれ、破壊されますが、数年後には再建が行われました。

500年にわたってアンボワーズ家が所有することになるショーモン城は、シャルル2世ダンボワーズによってルネサンス様式の装飾建築が採用され、優雅な城として生まれ変わります。こうして、彫刻装飾が目立つようになり、ファサードの重要な装飾要素の一つとなりました。

1550年、カトリーヌ・ド・メディシスが領地を買い取りますが、城の大掛かりな工事には手を付けず、1560年にはディアーヌ・ド・ポワチエに譲り渡します。アンリ2世の元愛妾だった彼女は城の工事に着手し、特に巡視路と跳ね橋の扉を完成させ、現在のショーモン城の外観がこうして出来上がりました。

1750年、ジャック=ドナシアン・ルレーが北翼の取り壊しを命じ、その結果ロワール渓谷を一望できるようになりました。この頃、イタリアの彫刻家ジャン=バティスト・ニニが城に招かれました。今日、ショーモン城には、この有名な彫刻家による「一点物」のメダイヨンを集めたフランスでもっとも素晴らしいコレクションが収められています。

1875年6月、マリー=シャルロット・ド・ブロイ公妃が城を買い取ると、ルネサンス様式の調度品をしつらえ、数々の工事に着手するなど、豪華絢爛な饗宴を催すにふさわしい城へと内外を修復していきます。この工事を依頼されたのは、建築家のポール=エルネスト・サンソンでした。サンソンは城の修復や内装の洗練に加えて、厩舎を建設しました。さらに、建築家マルセル・ボワイによって領地にモデル農場が整備されました。

1938年にブロイ公妃から国に譲られたドメーヌ・ド・ショーモン・シュール・ロワールは、2007年からサントル地域圏が所有し、2008年1月から文化協力公益施設法人となっています。